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当時のアルファは...すごかった!
なに?ふざけてんの?
ああ、ふざけてますとも!今日は嘘っぱちばっかり書いてやるぜ!!
冗談です(笑)別にふざけてなんていない。
コレは本当の話。
もうとっくに何のことかわかってるディープな方々はまあもう少々黙ってお付き合いいただきたい。
時は1981年当時ヨーロッパに拠点がほしかった日産、そして当時の経営難から脱却したかったアルファロメオ。双方の利害が一致して合併会社が設立された。それが「A.R.N.A.(AlfaRomeo and Nissan Automobili)」というわけだ。
そしてその新会社から送り出された唯一の車がコレ、アルファロメオ・アルナ。勘のいい人ならもうとっくにお分かりだろうけどこの車はいわゆる「バッジエンジニアリング」的なクルマ。そう、このアルファらしからぬスタイリング、ベースは当時の日産パルサーだったと言うわけだ。
アルファはスッドのためのポミリャーノ・ダルコ工場とは別に新たに共同で最新技術でロボット生産のプラトーラ・セラ工場を建設した。(現在も147の生産などで稼動中)
アルファは日産の生産技術を取り込んでソ連製の安物鋼板を使ったが為に錆まくってしまったスッドで地に落とした評判を取り戻そうとしたわけだ。(ちなみにこのプロジェクトは以降アルファの信頼性アップに繋がったとかどうとか・・・)
中身はパルサー
ところでこのクルマ、パルサーは欧州ではチェリーの名前で販売されていたからイタリアでもアルファが日産車と同じ形で路上に並んだと言うことになる。
ちなみにそこは誇り高きアルファ、単なるバッジエンジニアリングだけではおわらせづにお得意の1.2リッター水平対抗エンジンに乗せ換えて足回りもちゃんとやり直したらしい。そこは当時のアルファ抜かりなし。
しかし当時は労働争議真っ只中のアルファ、エントリーモデルという設定だったとはいえ熱心なアルフィスタでなくともこのクルマはアルファロメオだと言う認識には至らず惨敗。中身だけならまだしもスタイリングまで日産ならアルファを買う意味がないことくらい普通のイタリア人でも簡単にわかったのだ。
ご覧のとおりで全然イタリア車らしくない。
本国のアルフィスタからすればアルファの歴史上消し去りたい汚点らしい。
そして恐らく当時の日産の首脳陣たちも仕事中に平気でワインをあける自由奔放な南イタリア人は手に余したようでこのプロジェクト事態は2年ほどで終わってしまった。この件で得したのはアルファのほうだったかな?
そういえば当時パルサーにも「ミラノ」なんてグレードがあったような気がする(笑)